達夫は妻の買ってきた菓子パンに目をとめた。 テーブルの真ん中にあるのはパン屋で買ったらしい薄いビニール袋に入った、砂糖掛けのデニッシュだ。二種類ある。煮詰めたアップルとブールベリーが入ったパンが一つずつ。買ってきた本人に食べないのかとすすめた。妻の美枝子は首を横にふった。 「今はたくさん、いらないわ」 指先をピンと伸ばした手で達夫の方へパンをよこす。 「あなたが食べて」 「いや、おれもたくさんだな」 達夫も指先をピンと伸ばした手で妻の方へパンを戻す。 「ヨーグルトがあるわよ」 「たくさんだと言っているのに」 彼は深いため息をついた。それが気にさわったのか美枝子は「なによ、わがまま」と言った。達夫にしてみれば、すでに腹は十分満たされていると伝えたのだからわがままだと言われる筋合いはない。 「自分で食べたらどうだ」 「いらないわよ」 「いらないのか」 じゃあ、と言って達夫は二つのパンを自分の方へよせる。美枝子は声を高くして叫んだ。 「なにするの!」 「だっていらないんだろう?」 「ヨーグルトの話よ!パンだってあとで食べるもの」 「なんだ」 「なんだと思ったのよ」 「てっきり全部くれるのかと」 「そんなわけないじゃない」 美枝子は鼻をならしてブルーベリーデニッシュの袋をつまんで達夫から取りあげた。 「こっちはわたし。アップルはあなたの分」 「うん、当然だな」 「そうよ。そう決まってるんだから」 妻はビニールに貼りついたテープを引っぱり袋を開けてデニッシュの頭をのぞかせる。 美枝子は大きく口を開いた。 「お腹いっぱいじゃないのか」 「言い合ったらお腹減っちゃったわ」 夫婦は、顔を見合わせてクスクスと笑うのだった。 結局二人は各自のパンをたいらげ、ヨーグルトもデザートして堪能した。 ヨーグルトは酸味のすくないもので、口にいれると柔らかい甘みがひろがった。 |