雲民の唄



 ――雨降らず風吹かず 潤む雲は果て遠い
 離れた陸に掛かる虹 鳥は乾く空に飛び立った――


 下方には小さな町が点々としていた。雲が薄く掛かっていて、民家は時折見えなくなる。
 しばらくすると風と共に、口笛が流れてきた。振り向くと、おさげの少女が立っていた。
 「また、唄っていたのね」
 陽に当たった黒髪がツヤツヤと輝いている。木綿の衣服が白く眩しい。
 「ユタか。また来たんだね」
 「そうよ。また来たわ。あなたの唄を聞きにね」
 ユタが動く度に裾に描かれた原色の模様が揺らぐ。
 彼女は隣に並び、遠くを見ていた。その瞳は、どの町を映しているのだろう。
 「ね、たまにはユタも唄えば」


 言うと、ユタは拗ねた様に座り込んだ。
 「イヤよ。下手だもの。聞くのが好きなの」
 「そんなに下手かな」
 彼女と同じ様に座り、赤い屋根の集落を眺めながら呟いた。
 「俺は、ユタと合わせてみたいけどなあ」
 「何、馬鹿を言ってるの。それは婚約者に言いなさい」
 「キイナか。あの子とは合わせてもつまらないしなあ……」
 「ラアニ」
 ユタが呆れて諭すような声で名前を呼んだ。
 いつもの怒り顔があるのかと思った。けれども彼女は自分の両腕に頭を埋めて俯いていた。
 「ユタ、ユタ、泣いてるの」
 「そんな訳ないじゃない」
 彼女は強くこちらを向き、睨まれた。しかし黒い瞳は、いつもより揺らめいていた。
 「……ラアニ。何か唄ってよ」


 草の擦れる音が始まり、どこかで家畜の鈴が鳴っていた。
 唄い始めると、またユタの口笛が聞こえるのだ。
 君は気付いていないのだろうか。唄わずとも響き合える事を。




(原)2009/05/08 (編)2010/09/23