太陽とくしゃみ


 漆喰が塗られた屋上の壁。その壁の縁に指を滑らせるとボコボコとした感触と振動が伝わる。
 鳥が、そこに影を落として飛び過ぎていった。その影を目で追うと、ヨウコと目が合った。春の陽気をそのまま纏ったような、ぼくの幼なじみ。
 ヨウコは長いまつげを瞬かせ、口を開いたかと思うと妙なことを聞いてきた。


「太陽を何秒見ていられる?」


 首をかしげて質問を投げかけてきた。そして彼女は答えを待たず、自ら太陽を見つめ始めた。指を折り時間を数えている。
ぼくも彼女にならって太陽に目を向けた。しかし、すぐに眩しくなって目をつむる。


 5秒経つか経たないかの時、右から聞きなれたくしゃみが聞こえてきた。
 どうにもオヤジっぽいくしゃみで、もちろん後には悪態がついてくる。
「それってさ、女の子のくしゃみじゃないよね」
「いいじゃない。別に聞く人なんていないんだから。ああ……5秒しか見ていられなかった」
「聞く人がいない?」
 いくらなんでも人扱いしないのはひどい。そう抗議したが彼女は聞く耳を持たなかった。


 彼女は何もないところを目で追っていた。おそらく太陽の残像を見ているのだろう。彼女の一連の行動の意味が、ぼくには理解できない。
「ちょっと、タイチもやってみてよ。くしゃみは出る?」
「出ないよ。だけど紫外線は目に刺激的すぎる」
「確かに紫外線は目に良くないかもしれないけど……いつか太陽はなくなってしまうのよ。今のうちに見ておかないとね!」
「いつかって・・・ぼく等もういないと思うよ。その時には。というか、なんなの。その理由」
「いつか私たちはいなくなる、というなら尚更見ておかなくちゃ。私には死ぬまでに太陽を15秒以上見るっていう目標があるんだから」
 そう言って、ヨウコは目をきつく閉じ、準備に入った。また太陽を見るつもりだ。理由らしきものを聞いたはずだが、やはりぼくには理解できない。それにしても……


 ――――またあのくしゃみを聞かないといけないなんて。


 おとなしそうな顔から威勢の良いくしゃみを放ち、何かに向かって悪態をついた。
「君が分からなくなってきたよ。ヨウコ。」
 溜め息をつき、ぼくは太陽の下に浮いている雲を眺めた。


「だって、すごいじゃない?地球は太陽から1億5千万qも離れてる。そこにいる私にくしゃみを及ぼすなんて。ね?」
「『ね?』って言われてもね……」
「すごいでしょう?よし、もう一回挑戦!」
 ぼくは、拳を空に突き上げて気合を入れる彼女にこれだけ言った。
「いいけどさ。もっと年頃のお嬢さんらしく、くしゃみしろよな」
「いーち、にーい、さーん」
「うん、聞いてないよね」
 2秒後、また彼女の豪快すぎるくしゃみを注意することになる。



(原)2005/11/13 (編)2013/10/05