月の宵に



 「月、か…」


 窓から空を見上げたカミヤは、夜道を歩きたくなった。彼はいつもの赤い服を纏い、縁側から外へ出た。下の道を行こうと、門口へ向う。


 青年男子を狙う者など数少ないだろうが、カミヤは黒髪を揺らしながら周りを確認した。
 階段を向くと見知った少女が座っていた。帽子を取った柔らかそうな髪が夜風にそよぐ。昼間は花の様に優しげな紫色が、今は夜に暗く沈んでいた。
 その少女、フィズは階段に座り、視線は宙を漂っていた。
 声を掛けづらい空気だった。
 彼女は時折、一人になりたがる。それは皆が知っていることで、暗黙で彼女を追及する事はなかった。
 だが、それは何かが違うとカミヤは思っていた。

 しばらくは、放っていても良いだろう。しかし、この先ずっとそのままで良いとも絶対に思わなかった。
 誰かが変わらないと、何も変わらない。


 カミヤは一歩近づき、わざと靴音を鳴らす。
 フィズは振り返った。そして表情を変えずに、再び前を向きながら呟く。
 「なんだ…カミヤか」
 「誰だと思ったんだ」
 フィズは勝手に横へ立ち並んできたカミヤを一瞥し、ふて腐れたように口を尖らす。
 「別に、誰かだと思ったよ」
 カミヤは鼻を鳴らした。いつも自信に満ちた涼しげな目をフィズへ向けた。
 「なにを拗ねている。いつにもまして態度が捻くれているな。反抗期……いや思春期か。悩みならば聞くだけなら聞いてやろう。解決は自分でしたまえ」
 「捻くれてないし思春期でもないよ」
 「お前の年齢なら思春期もありえるぞ」
 「あー、もう。うっさいなぁ……もういいよ、こっちがどっか行く」


 立ち上がったフィズは、そのまま階段を降りて行く。
 降り切った所で、カミヤは声を掛ける。
 「僕もそちらに用事がある」
 フィズは怪訝な顔を向けて、ニヤけたカミヤを見た。何か諦めたように溜め息をついた。
 「……勝手にすれば」


 月明りの照らす道を二つの影が進んでいく。
 「素直になれば可愛いのに」
 背の高い方が呟いて、小柄な方が背の高い方の腰を思い切り叩いた。





(原)2010/07/21 (編)2010/09/26