思いがけず不快になることがある。それは既視感というのだろうか、昔に感じたことのある感覚が再び訪れたとき、もしくは今過ごしている日常が過去になってしまう、いつか未来を想像したとき。 私は言葉にできない悩みを抱えるのだ。 「やっほー、佐野」 数学の授業が終わって机の木目を眺めていると、友人の浅見が声をかけてきた。休み時間には浅見が前の席を借りて座り、おしゃべりをする。それが日常だ。 「佐野、どうしたの?」 「ん。どうもしないよ」 「ん。そっか!」 浅見は満面の笑みを浮かべる。友人に向かって、なんだか不快な気持ちになっていたとは言えない。そんなことを口にしようものならば浅見は心配するだろう。彼女は気さくな性格だが思慮深い。 そう思っているそばから、浅見は私を不思議そうな顔で見ている。 「たまにぼんやりしてるよね、佐野って」 「そうかな」 「そうそう。心ここに在らずーって感じ。あ、まさか念力で机に穴でも開けようとしてた?」 冗談を言う浅見に私も笑って返した。 「浅見こそ、さっきの授業で中橋のカツラ取ろうとしてたでしょ」 「あはっ!バレた!?次こそ取っちゃうよー!」 浅見が得意げに笑った。こういう他愛のない冗談で笑うのは、とても楽しい。ずっと続きそうなものだが、いずれは終わるのだろう。まだ実感はできていない。この日常に終わりがあるのは少しかなしい。胸が締め付けられる。かなしい。 「佐野ー!」 名前を呼ばれて、我に返る。浅見が心配そうに顔を覗いていた。 「あ、ごめん。なに?」 「佐野、ホントに大丈夫?またそんな顔して」 「浅見ってば何を言う!?私はいつもこの顔だよ!」 私は笑って誤魔化そうとする。 「ちーがーう。最近多いんだよ。さっきもだけど、なんか急に黙っちゃったり、目は笑ってなかったりとか。やっぱ、なんかあった?」 「なにもないよ」 浅見の目がまっすぐこちらに向いている。 「ウソ」 「なにもないって言ってるでしょ。ウソじゃないよ」 私は、そう言いながら浅見から目をそらす。これでは本当にウソをついてるみたいだ。 バツが悪くて、机上の消しカスをもてあそんだ。真剣な顔をする浅見を意外だと思った。いつもふざけているから、わからなかった。こんな浅見を私は知らなかった。 「ねー、佐野。あたし色々ね、悩んだときは佐野に助けてもらってるよ」 「えっ」 驚いた。そんな覚えはなかったし、そもそも浅見の悩んでる姿は見たことがなかった。いつも元気で私を笑わせてくれる。浅見の暗い部分なんて見たことも、考えたことすらなかったのだ。 「だから佐野、何かあったらあたしに言ってくれよ。解決できるか分からないけどさ。話聞くぐらいなら、あたしもできるし。それで楽になることもあるんだよ。悩みを解決できたらすっごい進化できるんだよ!すごくない?まさに人生のボーナスゲームってやつだねぇ」 「うん」 「ん?聞こえないぞー?」 最後の言葉で、うまいことまとめたような顔をしている私の友人は、悩みすらも前向きにとらえているのだ。 答えた声が小さかったらしいので、もう一度ハッキリと浅見に返事をした。 「うん。ありがとう。浅見」 目頭が熱い。 次の授業のチャイムが鳴った。浅見は、いつもの様に「おっと始まる」と言って席に戻った。私は授業中、浅見の言葉を思い出し、何度も涙ぐんだ。窓の外を見ると、青い空に雲が浮いて太陽が輝いていた。青春とはこういうことを言うのだろうか。 色々思ったあと、意識を授業に戻した。今日の日付だと私が当たる番なので現代国語の教科書に目を通す。そして、そこに書いてあった文章にさえ共感し、また目頭が熱くなる。 ――ああ。私、今日はもうダメだなあ…… ちっとも感情がおさまらないので、落ち着く為にノートに落書きをした。帰りに、この気持ちを浅見に話してみよう。 開けた窓から入って来た風が、カーテンをふわりと揺らした。 |