First love in daily life.


 古い本の匂いがする。鼻の奥をスンと刺激する、あの匂いだ。
 放課後は図書室に居座る。僕と荒木の日課だ。空は良く晴れていて室内を明るくしていた。


 「伏見。お前、絶対これ読んだ方がいいぜ」
 「何の本?」
 荒木が僕に本を一冊差し出した。
 「漫画じゃん」
 渡されたのは有名な漫画家の作品だった。なぜか、この漫画家の本は図書室に置かれていた。前髪が白い黒ずくめの男と、リボンを着けた少女が描かれている。
 「そ。医者志望なら読まなきゃな」
 「別に医者志望じゃないよ。それに、もう読んだ」
 「なんだよ。ちゃっかりしてんな」
 「よく言うよ。……オレも荒木にお勧めがある」
 「何?広辞苑とか言うなよ」
 笑いながら荒木が言う。広辞苑の何が面白かったのか、僕も笑った。
 僕は、荒木に文庫を三冊選んで渡した。荒木は中身を見るとニヤリとした。
 「伏見ぃ、分かってんじゃん!」
 「まあね」
 僕も荒木と同じ表情で、得意気に返事をする。
 三冊は、どれも簡単にカバーが外れる様になっている。内容は思春期の男子が喜ぶものだった。文章なので傍目からだと真面目に読書しているように見える。
 貸出カードは付いていない。誰かが持ち込んだ物なのだろう。それをたまたま僕が見つけたのだ。


 荒木が、パラパラめくっていると間から紙が一枚落ちた。
 「伏見、貸出カード挟まってたぜ」
 「え?おかしいな」
 カードには書籍名などは書かれていなかった。名前の欄に一行だけ記入されていた。僕は、その名前を読み上げる。
 「ニ年一組、皆川。皆川って、あいつじゃん。陸上の」
 「でもあいつ、二組だったろ?」
 「そうかな。これなら、どうにでも書けると思うけど」
 「同じ苗字ってだけじゃねぇの。あいつが……ていうか女子がこんなの読むはずないって」
 荒木が、やけに皆川を気に掛けている気がした。耳が赤くなっている。
 「落ち着けよ荒木。勝手に持ち込まれた本にわざわざカード挟む奴がいるか?しかも官能小説にさ」
 「あ。そうか」
 ホッと息をつく荒木を見逃さなかった。鎌を掛けてみる。
 「安心しろって荒木。お前の皆川は、そんな女じゃないさ」


 すると、荒木は爆発するのでは、と思うくらい一気に赤くなった。
 「バッカ!ち、ちげぇよ!何だそれ!おおおオレの皆川って!は?意味分かんねぇ!」
 いきなり大声を出したので、僕は目を丸くした。図書室にいる他の生徒も荒木を見ている。そして荒木の肩越しに、出入口にいる皆川に気が付いた。彼女も目を丸くして少し頬を染めている。
 「荒木……皆川、いる」
 「皆川!?」
 荒木が勢いよく振り向くと、皆川は走り去ってしまった。


 「皆川!待てよ!」
 彼女を追いかけて荒木は図書室を飛び出した。
 僕を含めて、それを見ていた生徒達は、ぽかんとしながら二人が出て行った方を眺めていた。
 「青春……か」
 静まり返った図書室で誰かが呟いた。




(原)2009/01/18 (編)2011/12/11