「先生!皆川さんが倒れました!」 一年生の、夏の全校集会での出来事だった。炎天下の中でグラウンドに立っていると倍の時間を感じた。教師の声は遠くに聞こえ、汗がこめかみや背中を伝う。頭はボンヤリして視界も暑さに霞む。やがて白熱していたグラウンドの砂が真っ暗になっていったのだ。隅の方でこんな会話が聞こえた。 「保健委員は誰だ」 「皆川さんです!」 「男子の保健委員は誰だ!」 気が付くと冷房の効いた保健室で寝ていた。ベッドは固いが、清潔感のあるシーツが気持ちよい。天井に陽が差し込んでいる。 ――倒れたんだっけ。 起き上がろうとしたが、頭が痛い。 「あら、お目覚めかしら」 ベッドを囲うカーテンから保健医の立花先生が顔を覗かせる。 「ちさとちゃん、具合どう?」 「あ……えーと、まあまあです」 「そう?うーん、まだ少し火照ってるわね」 先生はそう言いながら私の額や頬に触れる。手がひんやりとしていて心地がいい。 「お水飲めそう?起き上がれる?」 頷くと先生はカーテンを少し開けて誰かに叫んだ。 「さっき入れたお水持ってきてもらえる?そう、冷蔵庫のね。ありがとう」 冷やしておいたの、と先生はイタズラっぽく笑った。ペットボトルのフタを開けて渡してくれた。水を口にすると胸の辺りを伝っていくのがわかった。 「頭痛する?」 「はい、少し……あの、わたし倒れたんですか?」 「そう、熱中症でね。他に痛いところない?」 「ない……です」 「ですってよ、保健委員。よかったね」 先生がカーテンの向こうに声を掛けた。男の声で返ってきた。 「別に……たまたまっす」 確か、この声はクラスメイトの荒木だ。常に伏見とつるんでいる。 「荒木くん、倒れた時に支えてくれたのよ」 「そうだったんですか」 立花先生は楽しそうに続けた。 「よく見てたのねぇ」 疑問が浮かんだ時、電話が鳴った。先生はハイハイと返事をしながら電話を取りに行く。カーテンが開けっ放しになり、座っている荒木の姿が見えた。手に氷のうを持ち、うちわを上下させている。 「荒木くん、ありがとう」 「ああ、うん」 一瞬目を合わすだけのぶっきらぼうな答えと共に、荒木は立ち上がってわたしの隣のベッドに移動した。 「暑かったよな。具合は?」 「ちょっと頭痛いけど大丈夫」 「そうか。あ、これ先生が」 私は差し出された氷のうを受け取った。お礼を言うと荒木は目を背けた。顔を仕切りに扇いでいる。 「……もうすぐ授業始まるから行くな」 「じゃあ私も」 「お前はまだ休んでろって。ほら、これもやる」 荒木は自分のうちわをわたしの手に押し付けて足早に保健室を出て行った。電話を終えた先生が「あらまあ」と笑っていた。 「ちさとちゃん、もうちょっと寝てなさいね。それ頭に乗せると気持ちいいわよ。おやすみ」 始業のベルと共にカーテンが静かに閉まる。 ――うちわよかったのかなあ。 うちわは生徒たちで流行っているゲームの新シリーズの初回特典だった。荒木と伏見がゲームについて熱心に語っていたのを思い出した。 仰向けになって氷のうを目にかかるように額へ乗せる。冷たさが肌に溶けていく。グラウンドから準備運動の掛け声が聞こえていたが、それはすぐに意識の外へと流れていった。 |